第26回健康講座 がんの予防

がんは今でも死亡原因の上位の疾患であるばかりでなく、人生を大きく変える出来事となる疾患でもあります。がんの研究は広く行われており、予防については多くの報告があります。しかし、巷にあふれる情報の中には、非科学的であったり、信憑性にかける情報が多いのも事実です。

今回は、科学的に証明されているデータに基づいたがん予防法についてお話したいと思います。がん細胞がどうして生まれるのか、がんのできる背景や素因にはどんなことが判っているのかを示した上で、予防のお話へ進めていきたいと思います。

がん細胞の発生

「がんができた」というと、そのような悪い細胞がどこからか侵入してくると想像されるかもしれません。しかし、実は、がん細胞ももとは自分自身のものなのです。

生体内の細胞は60兆個あるといわれています。それらが分裂、増殖し、役割を終えた細胞は消滅するということを繰り返しています。細胞の増殖の際には同じ細胞が作られるのですが、その情報を細胞に与えるのが遺伝子です。遺伝子の情報に基づいて細胞のコピーが作られるのです。

ところが、遺伝子の「突然変異」が起こると予定と違う細胞ができてしまうのです。そのうちの一部はがん細胞になってしまうことがあるのです(下図赤丸)。突然変異は100万個あたり1〜10個の割合で起こるといわれます。

−方、生体内には突然変異の遺伝子の傷を治す働きもあり、また、異なった細胞が生まれてもそれを消す働きもあるので(下図白丸)、そう簡単にがんにはなりません。しかし、そのような働きが弱ったり、突然変異が多く発生したりするとがん化した細胞が増えてがんとなってしまいます。

また、1回だけの突然変異でがんとなることはなく、がんになるには少なくとも3回以上の突然変異が起こることが必要と考えられています。

がんは体質による?環境による?

がんができる原因として、体質、すなわち遺伝的要因よりも環境要因の方が大きいと考えられる根拠として以下のような現象が挙げられます。

  1. 双子(一卵性双生児)の場合
  2. 臓器別がんの年次推移をみると数十年間の変化は遺伝子の変化では説明がつかないほど早い
  3. 日系アメリカ人のがん死亡統計のデータ
  4. 宮城県の住民調査

がんの変遷

日本人、米国白人、日系一世のがん死亡率の比較

    

宮城県の住民調査

したがって、これらのことから、がんの発生には、体質より環境要因が重要ということが考えられます

生活習慣とがんのリスク

がん予防の基本はまとめると、発がん物質を体に入れないこと、がんが発生しやすい環境要因を避けることです。具体的にはどのような要因、特に生活習慣ががんの発生と関係しているでしょうか。以下の表は、1997年に世界がん研究財団と米国がん研究財団という組織が、がんと生活習慣との関係について、多くのデータを評価して発表したものです。上向きの矢印↑は、がんのリスクが高まることを示しており、↑の本数が多いほど科学的根拠がはっきりしていることを表しています。

アルコール
塩・塩蔵食品
菓子
総脂肪・動物脂肪
コレステロール
ミルク・乳製品
砂糖
熱いもの
コーヒー
カビなど
肥満
"体格、早熟など"
タバコ
口腔・咽頭
↑↑↑
↑↑↑
鼻咽頭
↑↑↑
↑↑
喉頭
↑↑↑
↑↑↑
食道
↑↑↑
↑↑↑
↑↑↑
↑↑
↑↑↑
胆のう
↑↑↑
↑↑
大腸・直腸
↑↑
↑↑
乳腺
↑↑
↑↑
↑↑↑
卵巣
内膜
↑↑↑
子宮
↑↑↑
前立腺
甲状腺
↑↑
膀胱
↑↑↑

まず、がんになりやすい生活習慣ですが、アルコール、タバコは多くのがんと関連が強いようです。塩については、昔は、生ものは塩漬けにして保存しており、その時代には欧米でも胃がんが多かったのですが、冷蔵庫の普及とともに塩分の摂取量が減り、胃がんも減ってきたという歴史があります。日本人に胃がんが多いのは、日本人が塩分を多くとるからとも考えられています。また、肉の食べ過ぎもがんの発生と関係が指摘されています。カビの生えたものは肝臓がんと関係があります。動物性脂肪、総脂肪のとりすぎ、コレステロールのとりすぎなどもがんになりやすい要因といえそうです。

食生活とがん予防効果

反対に、がんの予防効果があると考えられている生活習慣には何があるでしょうか。下表は、先ほどと同じ発表からのものです。野菜、果物を多くとることはおおいに意味がありそうです。また、緑黄色野菜に含まれるカロテノイドについては多くの議論がありますが、サプリメントなどによるとり過ぎはかえってよくないようです。下向きの矢印↓はがんの予防効果があることを示しており、↓の本数が多いほど科学的根拠がはっきりしていることを表しています。

野菜 果物 カロテノイド ビタミンC ミネラル 穀類 でんぷん 繊維 肉体運動 冷蔵庫
口腔・咽頭
↓↓↓
↓↓↓
鼻咽頭
喉頭
↓↓
↓↓
食道
↓↓↓
↓↓↓
↓↓↓
↓↓↓
↓↓
↓↓↓
↓↓↓
↓↓
↓ ↓ ↓
↓↓
↓↓
↓↓↓
↓↓↓
胆のう
大腸・直腸
↓↓↓
↓↓↓
乳腺
↓↓
↓↓
卵巣
内膜
子宮
前立腺
甲状腺
膀胱
↓↓
↓↓

以上のような結果から、「がん予防食生活14カ条」が提唱されました。日本でも、国立がんセンターが、「がんを防ぐための12カ条」を提唱しています。これは上福岡市の健康手帳にも記載されています。

がんにならないための食生活14カ条(世界がん研究財団、米国がん研究財団)

  1. 食事内容:野菜や果物、豆類、精製度の低いでんぷん質主体の主食など、植物性食品が中心の食事をする
  2. 体重:BMIを18.5〜25に維持し、成人期の体重増加は5kg未満
  3. 身体活動:一日1時間の速歩を行い、一週間に合計一時間は強度の強い運動を行う
  4. 野菜と果物:一日400〜800グラムまたは五皿以上(一皿は80グラム相当)の野菜類や果物類を食べる
  5. その他の植物性食品:一日に600〜800グラムまたは七皿以上の穀類、豆類、芋類、バナナなどを食べる
  6. 飲酒:飲酒は勧められない。飲むなら男性は二杯(=日本酒一合)、女性は一杯以下
  7. 肉類:赤身の肉を一日80グラム以下に抑える(赤身の肉とは、牛肉、羊肉、豚肉)
  8. 総脂肪量:動物性脂肪を控え、植物油を使用して総エネルギーの15〜30%の範囲に抑える
  9. 塩分:塩分は一日6グラム以下。調味に香辛料やハーブを使用し、減塩の工夫をする(酢の使用もよい)
  10. カビの防止:常温で長時間放置したり、カビが生えた食べ物は食べないようにする
  11. 冷蔵庫での保存:腐敗しやすい食べ物の保存は、冷蔵庫で冷凍か冷却する
  12. 食品添加物と残留物:添加物、汚染物質、その他の残留物は、適切な規制下では特に心配はいらない
  13. 調理法:黒こげの食べ物を避け、直火焼きの肉や魚、 塩干くんせい食品は避ける
  14. 栄養補助食品(サプリメント):この勧告を守ればあえてとる必要はなく、がん予防にも役立たない

がんを防ぐための12カ条(国立がんセンター)

  1. バランスのとれた栄養をとる
  2. 毎日、変化のある食生活を
  3. 食べすぎをさけ、脂肪はひかえめ
  4. お酒はほどほどに
  5. たばこは吸わないように
  6. 食べものから適量のビタミンと繊維質のものを多くとる
  7. 塩辛いものは少なめに、あまり熱いものはさましてから
  8. 焦げた部分はさける
  9. かびの生えたものに注意
  10. 日光に当たりすぎない
  11. 適度にスポーツをする
  12. 体を清潔に

日本の12カ条の方が分かりやすいものちょっと漠然としていて、アメリカの14カ条の方がより具体的ですが、かえって難しいかもしれません。一長一短ありますが、野菜を中心に多種類の食材を食べ、運動もよくする、ということがポイントです。

ビタミン、ミネラルを、というとサプリメントからとろうとする考えもあろうかと思いますが、アメリカの14カ条の中で注目すべき点は、ビタミンやβカロテンなどは野菜、果物からとっていればサプリメントとしてとる必要はない、と記載されていることです。つまり、それらは食事からとる量で十分ということです。事実、βカロテンについてはサプリメントとしてとりすぎるとかえってよくないというデータもあります。

これらを実践するために、アメリカでは”一日5〜9品目の野菜や果物”をキャッチフレーズにしたキャンペーンがあります。日本では、かつて”一日30品目”をとりましょう、ということが提唱されたことがあり、いずれも同じことを目標としていると思います。

これらを実践するため

一日5〜9品目、を達成するためのコツとして、米国国立がん研究所では次のようなポイントを紹介しています。

1日5〜9品目のために

1日30品目のために

一日30品目のためのコツとして、毎食必ず、主食(ご飯、パンなどの穀類)、蛋白源となる主菜(肉、魚、大豆製品など)、副菜(野菜、果物類)をとるようにし、さらに野菜は多種類を必ず入れるようにすることがポイントとなるようです。サラダや煮物、カレーなどにしても、できるだけいろいろな野菜を入れるようにするのがよいでしょう。オクラやナスの入ったカレーライス、豆、じゃこ、などのはいったサラダなんていうのもよく見かけますが、大変よいと思います。また、季節の野菜や果物を取り入れるのもよいでしょう。

禁煙は大切

喫煙はがんの発生と深い関わりがあります。特に、肺がん、咽頭がん、喉頭がんなどはタバコの煙が直接ふれることもあり、特に発生率が高くなります。肺がんについては喫煙者の約15%が肺がんになるという統計もあります。その他のがんでも喫煙者の方がなりやすいことが明らかとなっています。したがって、がんの予防のためには禁煙はとても大切です。タバコをやめることはなかなか難しいと思いますが、是非考えていただきたいと思います。いまさら禁煙しても・・・という考えもあるようですが、喫煙によるがんのリスク、つまりがんのなり易さは、禁煙して時間がたてば徐々に非喫煙者と同じレベルになります。表のように時間はかかりますが、禁煙を続ければ徐々に健康体に近づいていると考え、禁煙を続行してほしいと思います。

肺がん発生率
喫煙を続けている場合
4.5倍
禁煙後1〜9年
3倍
禁煙後10〜19年
1.8倍
禁煙後20年以上
1倍
非喫煙者
1

がん検診について

がんは早期発見が重要

がんは小さいうちに発見できれば完全にとることができ、治癒することが可能な病気です。中には見つかったときには転移が広がっている場合や、有効手術や治療法のないものもありますが、早期発見により治癒可能ながんが多くなっています。

そのためには検査が必要です。一般的に行われているがん検診の効果については多くの調査がされ、有効性が証明されています。有効性については多くの研究結果から4段階に評価されています。このうちのI-aあるいはI-bに評価されている検診はぜひ受けていただきたいと思います。

がん検診の有効性

代表的ながん検診の有効性は以下のようなものです。

肺がん検診

大腸がん検診

胃がん検診

がん検診については、早期にがんを見つけるという点の有効性が評価されるのは当然ですが、集団で行った場合の費用対効果、つまり、検診にかかる費用と検診を行わないでがんが見つかってから治療してかかる費用(国や自治体にかかる費用)を比較して集団検診の有効性が論じられることもあります。その観点では有効性に疑問が投げかけられているものもあります。しかし、がんの早期発見という点では明らかに有効な手段ですので、個人個人のレベルでは有効なものですので受けていただきたいと思います。

当日の質問より

Q:どんなカビがよくないのですか

   まとめ 

<参考文献>

  1. 小林博著、がんの予防、岩波新書
  2. 坪野吉孝著、「がん」は予防できる、講談社+α新書
  3. 国立がんセンターのホームページ(http://www.ncc.go.jp/jp/)
  4. 米国国立がん研究所(National Cancer Institute)のホームページ(http://www.nci.nih.gov/)

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