H5N1インフルエンザワクチンの安全性と効果

現在、世界中(2006年3月時点でアメリカを除く各地)で猛威を振るっているトリインフルエンザウイルスは、H5N1ウイルスという型のインフルエンザで、今のところ、トリとの濃厚な接触のあった人に対してのみ、トリからヒトへの感染が認められています。しかし、このウイルスは、高病原性といわれ、重い肺炎などを起こすことが多く、感染すると死亡率も高いことがわかっています。今のところヒトからヒトへの感染はありませんが、このウイルスが変異してヒトからヒトへの感染を起こすタイプに変わると、新型インフルエンザとして猛威を振るうことが懸念されています。それは時間の問題とさえ言われています。その場合、有効なワクチンと、インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス薬、オセルタミビル(商品名タミフル)に期待が寄せられています。

今回、H5N1ウイルスに対するワクチンが開発され、その効果と副反応が検討されました。New England Journal of Medicine 3月30日号、(2006, 354, 1343- 51)に掲載されました。

このワクチンは、通常のインフルエンザワクチンと同じ、不活化ワクチンで、皮下注射で投与します。通常のインフルエンザワクチンは、0.5mlを2回皮下注射します。流行が予想されるインフルエンザウイルスの型、通常は3株のワクチンが含まれていて、各株あたり30μg以上が1mlに含まれています。つまり、一回の接種で15μgのワクチンを接種しています。

この研究では、18歳〜64歳の451例を5グループに分け、それぞれに、7.5μg、15μg、45μg、 90μgのH5N1インフルエンザワクチン、および、プラセボ(ワクチンを含まない対照薬)を2回接種しました。接種後、56日間にわたって安全性を検討し、接種前と2回目の接種28日後にH5N1抗体価を測定し、ワクチンの効果を判定しています。

安全性の面では、いずれのグループでも接種部位の軽度の疼痛が認められましたが、これは通常のワクチンと比べてとくに強い反応ではありませんでした。

つぎに、効果の面ですが、ワクチンの効果は、抗体価の上昇で判断します。 90μgを2回接種したグループの54%で40倍以上の抗体価が観察されました。これは、通常のインフルエンザワクチンの効果とほぼ同等でした。ちなみに、15μgでは20%の人にしか40倍以上の抗体価は観察されませんでした。

この検討から 90μgを2回接種することによりH5N1インフルエンザに対する十分な抗体が作られ、予防が期待でき、安全性も問題はなさそうだ、ということができます。

これでやれやれひと安心、と思いたいところですが、実はそう簡単ではないようです。

論説の中で述べられていますが、90μgのワクチンを2回接種するということは、通常のインフルエンザワクチンの12倍の量にあたります。世界で生産できるインフルエンザワクチンの量は限られていて、15μgの場合、9億回分なのだそうです。90μgを2回接種するとなると、世界人口の1.25%に免疫をつけるだけの量になる計算なのだそうです。これでは、ごく限られた人にしか行き渡りません。また、40倍の抗体価でも十分といえるかどうかわかりません。一方で、感染予防効果としては40倍までなくても効果が期待できるという可能性もあるそうです。通常のインフルエンザの場合、すでにかかったことがある人もいて、つまり、すでにある程度の抗体を持っている人も多いわけですが、全く新しい、誰も感染したことがない新型インフルエンザの場合、どの程度の抗体価があれば予防効果が期待できるのか未知数の部分があります。

この研究から、有効なワクチンが作れることはわかりました。ヒトの間で流行していないウイルスに対するワクチンが作れたことは十分評価に値します。次は、どうやってそれを大量生産するか、ということになると思います。また、同じワクチンでも抗体産生の効率を上げるための添加物(アジュバント)の研究も成果を上げています。今後は、遺伝子工学や免疫学などの最先端の科学を駆使して、この難問を、大流行の前までに克服してほしいと思います。今後の進歩に期待したいと思います。

ホームへ