大気汚染と心血管系疾患

大気汚染は、気管、肺などの呼吸器系に影響をもたらすばかりでなく、心疾患や脳卒中などにも影響が大きいことが知られています。これまで、大気汚染の多い地域と、少ない地域の住民を対象とした比較調査が行われ、そのようなことが示唆されていました。今回発表された論文(New England Journal oh Medicine 2007年2月1日号, 2007; 356: 447- 458)では、同じ都市でも場所によって大気汚染の程度は異なることも加味し、地域ごとの大気汚染の程度を分析したうえで、住民の心血管系疾患の発生、それらによる死亡の状況の比較検討を行いました。

研究の対象となったのは、アメリカの36都市に住む、6,5893人の閉経後のアメリカ人女性です。これまで、心血管系疾患のない人たちを選んでいます。1994年から1998年の間、平均6年間の追跡調査を行いました。その結果、調査終了までに1,816人に何らかの心血管系疾患が発生しています。その中には、冠動脈疾患や脳血管障害によって亡くなった人、冠動脈の血管再建術(バイパス手術やステントなどのことだと思います)を受けた人、心筋梗塞、脳卒中になった人が含まれています。

大気汚染の程度は、PM25というものを測定しています。これは空気力学的直径が2.5μm未満の微粒子物質の濃度(μg/m3)を測定しています。数値が高いほど大気汚染が多いことを示します。大気汚染のレベルは、居住地によって幅があり、3.4〜28.3μg/m3でした。そして、大気汚染のレベルと心血管疾患イベントとの相関を調べました。その結果、論文の著者らの計算によると、PM25が10μg/m3増加するごとに、心血管イベントのリスクが24%上昇、心血管疾患による死亡のリスクは76%増加したというのです。

この研究では、対象となったのは閉経後の、心血管系疾患の既往のない女性だけですから、男性や既往のある場合も同じことがいえるかどうかはわかりませんが、少なくとも、大気汚染も心血管疾患の危険因子となりうるということはいえそうです。

微粒子大気汚染物質がなぜ心血管系に影響を及ぼすのか、そのメカニズムはまだわかっていませんが、この論文の論説によると、大気汚染物質により、肺だけでなく、全身の炎症、酸化ストレスが増幅され、血管障害や動脈硬化、自律神経障害を起こすことが推測されているそうです。実際、PM25の高い地域の人ほど頸動脈の内膜が厚く、動脈硬化が進んでいるというデータもあるそうです。

ところで、日本国内のPM25はどのくらいなのかちょっと調べてみたところ、東京都内で調べたデータがありました。都内の5地点で32週間調べていて、その平均値は、大島で10.6±4.2 μg/m3、青梅で15.4±5.0μg/m3、立川、小平、新宿で17.8μg/m3だったというデータがあります。新宿では1年間通して調べていて、1年間の平均は19.1±6.2μg/m3だったそうです(東京健安研セ年報 56, 287- 291, 2005)。上述の論文で取り上げられた地域と比べると、大気汚染は比較的高いい方だといえそうです。心血管系疾患のリスクはこれだけではありませんから、これだけで一概に東京、特に新宿などでは心血管系疾患のリスクが高くなる、とはいえませんが、日本の未来を考えると、何か手を打つべきなのではないかと考えさせられます。

住む場所は簡単には変えられませんが、せめて、休日は空気のいいところに出かけ、のんびり過ごすのがいいのかもしれません。

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