炭疸菌とは

アメリカフロリダ州の新聞社事務所で炭疽菌感染者が発生し、一名が死亡。その後ニューヨークのテレビ局や新聞社などでも感染者が発生。生物兵器として炭疽菌を用いたテロも推測されています。

いったい炭疽菌とはどんな菌なのでしょうか。

炭疽菌は土の中に生息します。ふつう、細菌は土の中などには生息できません。栄養分がないからです。しかし、炭疽菌は芽胞という特殊な形態をとり、長期間の生存が可能です。このような性質から粉末に混ぜるという形で兵器として使われるのでしょう。どこの土の中にもあるかというとそうではなくて、特にトルコ-パキスタンの間は炭疽ベルトと呼ばれ、この地域に多いといわれています。この土の中の菌を、動物が水や草とともに摂取することにより動物に感染します。
この感染した動物の皮膚、毛皮などに付着した菌がヒトの皮膚や気道を通じて、あるいは汚染した動物の肉を食べることによってヒトに感染します。しかし、感染した人から他の人に感染することはありません。

日本では家畜に生ワクチンが投与され、ヒト、家畜ともに炭疽菌の感染はみられていません。密殺解体された肉を食べて集団発生した事例(1965年)以降は数人の感染者が発生したのみだそうです。

炭疽菌に感染した場合の症状は感染経路により異なります。皮膚、腸管、気道を通って感染します。潜伏期間は1〜7日間で、60日間に及ぶこともあるそうです。

皮膚からの感染では皮膚に膿庖が出現し、リンパ管炎、リンパ節炎を併発します。敗血症(菌が全身に回ること)、髄膜炎を併発すると致死的です。

腸管からの感染はまれですが、回腸末端に潰瘍、浮腫が生じ、発熱、激しい腹痛、下痢などを起こします。ショックを併発して死に至ることがあります。

気道からの感染(肺炭疸)では発熱、咳などの風邪のような症状から、急激に呼吸不全、頚部の浮腫などを併発します。この場合は2〜4日で死にいたります。

このような激しい症状が起こる理由は、炭疸菌が3種類の毒素を持っているためです。浮腫を引き起こす毒素(Edema Factor)、作用機序はまだ不明ですが感染動物を死に至らせる毒素(Lethal Factor)、そしてこの2つの毒と共同する(Protevtive Factor)です。

治療は、早期発見がまず重要で、潜伏期間の間にシプロフロキサシン、ペニシリンなどの抗生物質の大量長期投与が必要です。しかし発見が遅れると死亡率は85%、肺炭疸ではほぼ100%と高いのが現実です。このような恐ろしい細菌なのです。

もし今回の一連の事件がテロによるものだとすると、このような恐ろしい細菌を兵器として使い、無差別に市民の命を奪ったわけですから決して許されることではありません。テロに屈しないためには、このような細菌兵器に対しても市民の命を守れるだけの準備が必要なのだと思います。週刊文春10月18日号に書かれているような指摘(“医師として言う、日本の病院は生物兵器テロを発見できない”)もあります。アメリカで起きたテロは、明日日本で起きるかもしれないのです。一日も早い報告体制、診断、治療の整備を望みます。潜伏期間中に治療が開始されれば救命できるのですから。現在医療サイドも準備を進めています(注:10月17日に医師会から炭疽菌治療マニュアルが各医療機関にFAXで流されました)。

地下鉄サリン事件の時、私は順天堂大学付属病院で被害にあわれた方々の治療にあたりました。幸い亡くなった方はおられませんでしたが、被害者の方の精神的なダメージは大きく、テロの恐ろしさを目の当たりにしてきました。このようなテロが決して起こらないことを祈ります。

2001.10.14

<参考文献>

内科学、朝倉書店

以下のサイトでは炭疸菌に関してさらに詳しく掲載されています。

日本医師会のホームページ米国における同時多発テロ事件に関連して

厚生労働省検疫所のホームページ、中近東であったこんな話!?

アメリカ内科学会のホームページ、Medical Aspects of Bioterrorism


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