幸せは伝染する?
幸福感というものは人それぞれ感じ方は異なるものですし、何をもって幸福と定義するかも難しいものですが、ある集まりに出席すると楽しい気分になるとか、ある人と会うと幸せな気分になれる、などといったことはよくあります。また、一方でその反対も経験します。今回紹介する論文は、そういった幸福感の広がりというものを科学的に検討したものです。British Medical Journal オンライン版2008年12月4日号に発表されたものです。アメリカで行われた研究です。
この研究の調査対象の基礎となったのは、フラミンガムスタディというマサチュセッツ州の町で1948年から行われてきた住民調査です。この研究によってこれまでに多くのことがわかってきました。血圧や高コレステロール血症と心筋梗塞などとの関連や生活習慣と疾病罹患などとの関連が代表的です。この研究の対象は、すでに当時の住民の子供、孫にまで及ぶようになり、大変範囲の広い、信頼性の高い研究対象となっています。今回の研究はこの中の4,739人を対象に1983年から2003年にかけて行われました。
研究では、ある一人の人から、友人、家族、配偶者、隣人、職場の同僚などに調査対象を広げていきました。そのようなつながりがどんどん広がり、一人の人のネットワークが出来上がります。平均すると一人あたり10.4人のつながりのある人にまで調査を広げていきました。
そして、幸福感については4つの項目を元に算出しました。それは、つぎの4つの項目に基づいています。「将来に希望がある」、「自分は幸せだ」、「人生をエンジョイしている」、「自分はほかの人と同じくらい幸せと感じる」という項目に対し、それぞれ、まったくないかごくまれに感じる(週1日以下)、たまには感じる(週1〜2日)、時々感じる(週3〜4日)、よく感じる(週5〜7日)という頻度を加えて算出しています。
調査結果を要約すると、次のようになります。
以上のような大変興味深い結果が得られました。
幸福感が人と人とのつながりで広がっていく要因について著者らはいくつかの可能性を指摘しています。幸福を感じている一人の人が、周囲の人に対して豊かさを分ける、たとえば、いろいろなお世話をしたり、お金の面でも羽振りがよかったりといったことや、ほかの人の振る舞いを変えたり、単に幸せな気分がにじみ出ていることで周りの人も楽しくなったり、あるいはまた、幸せな人に囲まれることが生物学的にも何かよい効果があるのではないかといったことなどを挙げています。しかし、この幸福感の広がりは無限というわけではなく、友人の広がりでいえば、友達の友達の友達まで、というように3段階までということも示されました。また、ここで示されたことは公衆衛生的にも重要で、幸福でない人を取り囲む人たちも幸福感を感じられなくなるということがありうるので、そのようなことがないよう、苦しんでいる人たちにはできるだけ温かいケアをして支えあっていくことはみんなの幸福のためにもよいことだとも述べています。
12月5日付けのニューヨークタイムスにもこの研究結果は報じられ、その中で、この論文の著者の一人であるファウラー博士のコメントを載せています。「嫌な気分を引きずって家に帰ると、影響を受けるのは妻と息子だけじゃないんだ。息子の親友や妻の母親にも影響は及ぶということなんだ。だから家に帰るときは好きな音楽を聴くようにしているよ」と。しかし、一方でこんなことも述べています。「誰にでも笑顔をふりまくのがいいんだとアドバイスしているわけじゃないんだ、ニューヨークで会った誰にでもなんてね。それは危険だよ」とも。
古来より、日本には「笑う門には福来る」という諺があります。まさにそれは、笑うことがその人だけでなく、周りの人にとってもよいということなのですね。ファウラー博士のコメントも興味深いですね。会社帰りの一杯も、会社での嫌なことを忘れて気分よく家に帰るためならいいのかもしれません。「男の嘆きはほろ酔いで、酒場の隅に置いていく・・・」(「時代遅れ」、阿久悠作詞)なんて歌もありましたね。一方で、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金を何で私が払うんだ」(2008年11月20日、経済財政諮問会議で麻生首相)という発言もありましたが、そうではなく、病気で困っている人たちを周囲が明るく温かく支えることがみんなの幸せにもつながるということでしょうか。