ワクチンで高血圧の治療をする時代に?

高血圧は脳卒中、心臓病、腎臓病の原因ともなる疾患で、その予防と治療は、健康な生活を続けるために必要です。治療には、減塩を中心とした食事療法と運動療法が大切な訳ですが、それらでも効果がなければ薬物療法が必要となります。薬物療法にはいくつか種類がありますが、その中で、アンギオテンシン変換酵素阻害薬やアンギオテンシンII受容体拮抗薬と呼ばれる種類の薬があります。これらは、体内に存在し、血圧を上げる物質であるアンギオテンシンの作用を抑える作用があります。これらの薬剤は、高血圧の治療薬として大変効果がありますが、患者さんによっては効果が不十分だったり、服薬をきちんとしなければ効果が得られないといった問題点があります。今回発表された研究は、そのアンギオテンシンIIに対するワクチンを作り、その効果を確認したというものです。

Lancetという医学雑誌の2008年3月8日号(2008; 371: 821- 827)に掲載された論文で、スイスの研究者らの発表です。72人の軽症から中等症(140-179/ 90-109 mmHg)の高血圧患者さんを対象に研究を行っています。24人にアンギオテンシンIIワクチン100マイクログラムを、24人にアンギオテンシンIIワクチン300マイクログラムを、24人にプラセボ(食塩水のみ)を、3回接種しています。2回目は4週後、3回目は12週後に接種しています。ワクチン療法開始前と14週後の血圧を比較し、また、安全性や副作用も検討しています。

効果については、300マイクログラムを接種したグループでは、14週目の血圧が、プラセボを接種された人に比べ、収縮期血圧が9.0mmHg、拡張期血圧が4.0mmHg低下していました。特に、300マイクログラムを接種された人たちでは早朝血圧の低下が顕著で、早朝の収縮期血圧が、25mmHg、拡張期血圧が13mmHg低下したということです。一方ワクチンの副作用として、注射局所の腫れや一過性のインフルエンザ様症状が一部の患者さんに認められましたが、重篤なものではなかったということです。長期間の効果と安全性については、まだまだ研究を重ねる必要があると著者らも述べています。

注目すべきは、この治療によって、早朝高血圧がよく下がったという点だと思います。血圧は早朝に高くなる傾向があり、また、心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患も早朝に起こることが多いため、高血圧の患者さんでは、早朝血圧に注意し、早朝血圧も下がるようにコントロールすることが大切だと考えられています。その点、このワクチン療法は血圧の日内変動に対して理想的なコントロールをしているということはできます。しかし、ワクチンによってできた抗体価は、約4ヶ月で半分に低下しており、効果を持続させるためには再接種が必要となると思われます。

一方、心配な点はいくつかあります。この論文が掲載された号の論説でも指摘されています。ひとつは、アンギオテンシンは血圧を上げる物質ではありますが、もともと、ヒトが進化の過程で、地上で生活するようになり、塩分をバランスよくからだに保持するために、獲得するようになった物質ともいわれています。従って、極度の脱水や、出血性ショックなどの場合、アンギオテンシンなどの物質が抑えられていると命に関わる事態に陥る危険性があります。また、もともと生体にある物質に対して抗体が作られるということは、自己免疫状態にしていることになり、これも何らかの病気を引き起こす危険性をはらんでいます。実際、アルツハイマー病の治療として、ある蛋白に対するワクチンが開発されたものの、この理由で開発が中止されたという経緯もあります。

多くの問題があると思いますし、まだ開発途上ではありますが、新しい治療として、今後に注目したいと思います。

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