インターネット膠原病教室

第5回 妊娠、出産

どうして妊娠が問題になるのでしょうか
妊娠が身体に及ぼす影響
妊娠が膠原病に及ぼす影響
薬との関連
抗体との関連
妊娠容認の目安
母乳はあげてもよいか
子供への影響は?
定期的な受診の重要性
産科と内科の連携

どうして妊娠が問題になるのでしょうか
膠原病患者さんは若い女性も多く、これからお子さんを希望される方も多くおられます。妊娠、出産というのは健康な女性でも体には大きな負担となり、時には合併症を併発したり、まれには赤ちゃんに影響が出る場合もあります。かつては膠原病患者さんは子供は産めないと考えられていた時代もあったようです。しかし、現在では病状が落ち着いていて、使用している薬も胎児に影響ないものなら妊娠、出産は可能と考えられるようになってきましたし、多くの患者さんがお子さんに恵まれていることも事実です。
しかし、妊娠、出産は、膠原病患者さんにとっては当然大きな負担となり、膠原病の病状に影響することは考えられます。また、正常な妊娠出産を送ることが困難な場合もありえます。今回は、膠原病、特に全身性エリテマトーデスの患者さんの妊娠、出産について解説いたします。

妊娠が身体に及ぼす影響

妊娠は体に多くの影響を及ぼします。胎児の成長に伴い、妊娠期間中それらが変化します。免疫や内蔵機能に影響の大きいものもあり、これらの変化に耐えられるかどうかが妊娠、出産を無事経過できるかどうかにかかってきます。


循環血液量
正常な妊娠では妊婦さんの循環血液量は30%増加するといわれています。それに耐えられるだけの心臓、腎臓の予備能力が必要です。

ホルモン
妊娠中は、エストロゲン、プロラクチンなど多くのホルモンが変動します。これらのホルモンは妊娠の維持に重要なだけでなく、免疫系にも働くため全身性エリテマトーデスをはじめとする膠原病患者さんでは病態の変化を来す可能性があります。


血液凝固系
正常な妊娠では血小板(血液の凝固に関わる細胞)が消費され、凝固因子が増加します。血小板は盛んに作られるようになるので血小板が減ることはありませんが、時には減少することがあり、全身性エリテマトーデスに伴う、血小板減少との区別が難しいこともあります。


免疫
本来免疫の働きは、自分以外のものが体の中に入ってきた場合、それを排除しようとするわけですが、妊娠中は、胎児(半分は母親自身の遺伝子由来ですが、半分は父親由来で、母親にとっては自分自身ではないことになります)を子宮内で育て続けることですから、免疫学的には大きな変化が起きていると考えられるのです。実際、妊娠中は細胞性免疫の機能が低下し、抗体産生細胞は増します。このような変化が膠原病の病態に変化を来す可能性があります。

妊娠が膠原病に及ぼす影響
一般に妊娠初期には全身性エリテマトーデスは悪化しやすい状態になります。妊娠中期、後期には安定することが多く、出産後再び悪化する可能性があります。妊娠中に悪化を来たしたり胎児発育の問題で満期産とならないケースが多いことも事実です。アメリカのLupus Foundationが発信しているホームページのPregnancy and lupus(妊娠と全身性エリテマトーデス)のページ(こちら)では、50%の患者さんは正常分娩でき、25%の患者さんは早産となり、残りの25%の患者さんは流産や死産になってしまう、と説明しています。日本の場合はもう少し成績はよいと思いますが、流産、早産となった患者さんの多くは、妊娠前の病状が十分落ち着いていない(寛解状態でない)ケースが多いのは日本でもアメリカでも同じです。そこで、後述するような妊娠容認の目安を満たしているかどうかが重要となります。

薬との関連
ステロイドを飲んでいると妊娠しにくいとか、ステロイド剤は少量でも胎児に影響するといった誤解もあるようです。ステロイドの中でもプレドニンの場合は胎盤を通過することはないため、維持量のプレドニンであれば胎児には影響しないと考えられています。同じステロイドでも、デキサメサゾン、ベタメサゾンなどでは胎盤を通過し胎児に影響します。胎児をステロイドで治療する必要があるような場合は後者のステロイドが使われますが、まれなケースでしょう。抗リン脂質抗体症候群の患者さんの場合はアスピリンヘパリンを投与しますが、これも胎児には影響はありません。免疫抑制剤では、アザチオプリンは胎児への影響はないと考えられていますが、その他の免疫抑制剤、サイクロフォスファミド、メトトレキサートなどは胎児に影響する可能性が高く、妊娠中は使えません。

抗体との関連

全身性エリテマトーデス患者さんによくみられるいくつかの抗体は妊娠経過やお子さんに影響が出ることがあります。

抗リン脂質抗体流産と関連があります。この抗体があると必ず流産してしまうわけではありませんが、 抗体価や抗体のタイプによっては妊娠中もアスピリン、ヘパリン、血漿交換療法などを組み合わせて治療します。

抗SS-A抗体新生児ループスという病気と関連があります。これには2つのタイプがあります。一つは出生後の赤ちゃんに全身性エリテマトーデス患者さんに見られるような皮疹が生じるものです。もう一つは先天性心ブロックといって、赤ちゃんの心拍が遅くなってしまうものです。前者は数カ月から長いものでも2年くらいで消失します。そうはいっても生まれた赤ちゃんの顔の皮疹ですから消えるまでは長く感じることでしょう。また、その間のお母さんの精神的な負担を考えると決して軽視できない合併症と考えられます。後者の場合はずっと残るものなのでペースメーカーの植え込みが一生必要となります。心臓以外は問題なく成長します。これらの新生児ループスがどうしておこるのかはまだわかっていません。抗SS-A抗体陽性の母親の2%に新生児ループスの子が生まれるという報告があり、抗体陰性の母親からは新生児ループスのお子さんは生まれていませんので抗体の関与が深いことは確かですが、一卵性双生児でも一方の児だけに起こることがあり、単に母親の持っている抗体だけの問題ではないことも明らかです。父親側の要素があるのかどうかなどはほとんど検討されていません。今のところ、抗体価が高い場合はステロイドを使用したり、血漿交換療法が行われたりしていますが、もともと発生頻度の低い合併症のため、予防効果がどのくらいあるのかははっきりしていないのが現状です。心ブロックは子宮内ですでに始まっていると考えられ、心ブロックとなる前の心電図異常を胎児の段階でとらえ、心ブロックの予防につなげようというプロジェクトが現在アメリカで進行中ですので、将来的には予防法が確立する可能性があるでしょう。

妊娠容認の目安
病気の状態がこのような状態であれば妊娠しても大丈夫、という基準はありません。健康な方でも妊娠を契機に具合が悪くなることもあるのです。しかし、妊娠を希望した患者さんに妊娠を許可してもよいと考えるひとつの目安として、順天堂大学膠原病内科で用いている基準を以下に示します。


全身性エリテマトーデスが長期にわたり寛解状態にあるかどうか。長期というのは長ければ長いほどよく、また今後も寛解状態が維持できるだろうと予想される状態を指します。


重篤な臓器病変がないかどうか。特に、腎臓、心臓、中枢神経病変が大切です。妊娠、出産に耐えられるかどうかよく検討する必要があります。


ステロイド維持量で治療管理できる状態にあるかどうか、これまでステロイドによる重篤な副作用の既往がないかどうか。妊娠中もし病態の悪化を来した場合、ステロイドの増量が必要となるためです。

免疫抑制剤の併用がないかどうか。前述したように胎児に影響がでる可能性が高いからです。

抗リン脂質抗体、抗SS-A抗体、抗SS-B抗体が陰性かどうか。前述しましたように抗リン脂質抗体は流産と、抗SS-A、SS-B抗体は新生児ループス、先天性心ブロックと関連があります。これらが陽性の場合必ず起こる合併症ではありませんが、そのリスクと、治療について理解しておいていただく必要があります、

出産後の育児が可能かどうか。育児には体力も必要ですし、ストレスもたまります。家族の協力が必要となります。

母乳はあげてもよいか

お母さんが膠原病だからというだけの理由で母乳をあげられないということはありません。しかし、薬を飲んでいるときは注意が必要です。母乳は弱酸性のため、弱アルカリ性の薬物は母乳に移行しやすくなります。ステロイドはプレドニン換算で20mg以下であれば問題はないとされています。アスピリンや、消炎鎮痛剤は蛋白に結合しているので母乳には移行しにくいとされています。抗生物質は様々な種類がありますが、母乳に移行しやすいものもありますので、感染症などで病院にかかったときは授乳中であることを必ず伝え、医師から処方されたものを服用して下さい。

子供への影響は?

お子さんへの影響としては、前述した先天性心ブロック、新生児ループスがあります。早産になった場合は一般的な早産のお子さんと同様の注意が必要です。満期産で特に合併症がなければ健康な方のお子さんと変わることはありません。将来お子さんも膠原病になるのではないかを心配される方が多いですが、その点は今の医学でもまだ十分答えの出せないところです。膠原病患者さんの家族、家系内に膠原病患者さんがおられることが多いのは事実で、何らかの遺伝的な体質が関連して膠原病を発病すると考えられていますが、遺伝的体質以外に環境因子が関与していることも確かで、今のところまだはっきりとした発病のメカニズムはわかっていません。しかし、少なくとも、膠原病は遺伝性の疾患ではないのでお子さんも必ず膠原病になるということではありません。

定期的な受診

以上のように、妊娠可能な状態か事前に確認するためには十分な検討が必要ですし、妊娠してからの病状は短期間に変化する可能性があり、そして出産後も再燃のリスクがありますので、普段以上に細かく定期的に外来を受診していただく必要があります。妊娠中は、十分な観察をするために短期間の入院が必要となる場合もありますし、多くの場合、予定日より早めの入院が必要となります。


産科と内科の連携

全身性エリテマトーデスをはじめとする膠原病患者さんの妊娠、出産については、妊娠中の合併症への対応、妊娠中毒症と全身性エリテマトーデスの再燃との鑑別診断、早産に対する対応、出産後のフォローなど、産科と内科、場合によっては新生児科が密に連絡をとりあい、治療に当たる必要があります。可能な限り大学病院や総合病院などでの出産をお勧めします。

<参考文献>
Michael D Lockshin, Pregnancy and Lupus(
Lupusu Foundationのホームページより)
Robert G Lahita, Systemic Lupus Erythematosus 3rd ed.
橋本博史、新版膠原病を克服する、保健同人社

(2001.9.8)

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