狂牛病について

9月10日、厚生労働省は千葉県の農場で飼われていた牛に狂牛病の疑いがあることを発表しました。このニュースはその翌日の夜(日本時間)に起きたアメリカの同時多発テロのニュースでかき消されてしまった感がありますが、もしこの牛が狂牛病だとすると大きなニュースだと思います。感染ルートは?これからさらに被害が拡大する可能性があるのか?ミルクや肉は食べても本当に大丈夫か?など疑問点はたくさんあります。今のところ、厚生労働省の発表によれば、眼球、脳、脊髄などを食べなければ感染の心配はないとされています。

いろいろ疑問点はありますが、ここでは、狂牛病が人にも感染する可能性のある病気であることを発表し、イギリスでのパニックの原因となった論文の内容を簡単に紹介しましょう。

論文は1997年ネイチャーという科学雑誌に掲載されたものです(Nature 389, 489-501, 1997)。

狂牛病の病原体はプリオンという蛋白と考えられています。牛では狂牛病(BSE)、羊にはスクレーピー、猫でもTSEという脳の病気を起こします。ヒトではどうかというと、クロイツフェルトヤコブ病という脳の病気がよく似ているのです。厳密には、クロイツフェルトヤコブ病には2種類あって、一方を古典型、他方を異型クロイツフェルトヤコブ病と呼びます。前者に比べて後者の方が発病年齢が若いとか、病気の進行がゆっくりであるとか、脳波所見、病理所見が多少異なるなどの違いがあります。この異型クロイツフェルトヤコブ病が狂牛病と共通の病原体によるのではないかという点についてこの論文では検討されています。実験はネズミへの感染実験という方法で行われています。狂牛病の牛の脳、スクレーピーの羊の脳、TSEの猫の脳、そして異型クロイツフェルトヤコブ病で亡くなった人の脳からの抽出物をネズミに与えてその後を観察したのです。すると、狂牛病の牛の脳を与えられたネズミとTSEの猫の脳を与えられたネズミと異型クロイツフェルトヤコブ病で亡くなった人の脳からの抽出物を与えられたネズミは同じような神経症状と脳の病理像を呈し早く死亡したという結果が得られました。そして比較のために古典的クロイツフェルトヤコブ病で亡くなった人の脳の抽出物を与えたネズミについてはそのような変化は見られませんでした。これは人への直接の感染実験ではありませんが、牛の狂牛病もヒトの異型クロイツフェルトヤコブ病も共通の病原体によるものの可能性が高いということを示しています。

この論文が発表されてから“狂牛病はヒトのもうつる”となったのです。その後も大規模な研究が続けられていますが、今のところ、狂牛病の病原体が認められたのは牛の脳、脊髄、眼、回腸遠位部だけで、これらを含まない通常の肉、牛乳は安全であるとされています

肉も牛乳も良質のタンパク源です。乳製品はカルシウムも多く含まれます。狂牛病について神経質になりすぎることのないようにしたいものです。しかし、行政の発表も曖昧で、とても信用に足るものではないのも事実です。今後の厚生労働省や農林水産省の発表(ちょっと行政の発表には曖昧な点もありますが)や海外での発表にも注意して判断したいものです。

以下に参考となるサイトを示します。

牛海綿状脳症(狂牛病、BSE)関連情報 ( 農林水産省)

狂牛病等に関する厚生労働省の対応状況について - 狂牛病についての質問と回答

続報

9月28日付けの読売新聞にも報じられましたが、日本の狂牛病行政が、科学雑誌ネイチャーに厳しく批判されています。原文は、読売新聞の数行の要約記事よりも痛烈でありますのでもう少し詳しい要約を紹介します。

今回の狂牛病の牛の発生は、日本政府の対応の遅れ、認識の甘さによるものである。過去に、日本は水俣病、薬害エイズ、硬膜移植など、いずれも行政の対応に問題があり被害を拡大してしまった。今回も同じ過ちを繰り返そうとしている。ECは他国への被害拡大を防止するため各国の狂牛病のリスクを分析し、日本についてはハイリスクとしていたが、日本政府は日本はそれにはあたらないと主張した。今回事実が明らかとなってはじめて感染ルートの解明と感染拡大の調査に乗り出している。
肉骨粉は他のアジア諸国、特にタイ、インドネシアに輸出されており、経済大国日本は適正な検査や制限を行うべきであったし、アジア諸国に狂牛病対策の手本を示すことができたはずだったが後手に回ってしまった。狂牛病の牛が見つかってはじめて規制を厳しくしようとしている有り様だ。日本は”科学的根拠がない”としてECの報告書を批判していた。しかしそれは言い訳で、ECの報告書を受け入れなかった理由は、官と業の天下りによる癒着体質があるからだ。日本は、ECが提言したような公平な意見を受け入れるべきで、それによって多くの市民を死に至らせるような誤った判断を避けることにつながるのではないだろうか。

と述べています。

薬害エイズ問題では、当時の官僚が適切な対応を怠ったとして有罪の判決を受けています。判決には大きな意味がありますが、失われた命は帰ってこないのです。行政の毅然とした対応を期待したいと思います。

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