ボストンマラソンにおける低ナトリウム血症について

最近は、健康ブームで、ジョギングをする方が増えています。軽いジョギングの方からレースを目指して走る方まで様々だと思います。私もジョギングはよくしています。診療所の周りや、時には皇居でもよく走っています。フルマラソンの経験はまだありませんが、完走する方たちは相当な努力をされているのだろうと思います。
オリンピックなど大きな大会を見ていても、レース中に体調を崩すランナーや、優勝候補と言われていて十分力を発揮できずに終わるランナーも多いことから、レース当日、レース中のコンディション管理は相当難しいのだろうと思います。
レース中の事故は、”脱水症”と一般的に言われることが多いのですが、実際には血液中のナトリウムが低下する”低ナトリウム血症”であることが多いことが知られています。血清中ナトリウムは135〜147mmol/lが正常範囲で、血清ナトリウム濃度が低くなると、倦怠感、吐き気、嘔吐などが出現し、120mmol/l以下になると意識障害やけいれんも出現するといわれています。これまでの小規模なデータや経験から、レース中の低ナトリウム血症の危険因子としては、給水の失敗(水分とりすぎ)、水分組成の問題(水かスポーツ飲料か)、BMIの低い人(やせている人)、マラソン経験の少ない人、非ステロイド消炎鎮痛剤(痛み止めののみ薬)を使っている人、女性ランナーなどが考えられていますが、これまで大規模な検討は行われませんでした。

今回、2002年のボストンマラソンの時に行った研究結果が発表されました(New England Journal of Medicine  2005年4月14日号、2005, 352, 1550-1556)ので紹介したいと思います。
この論文の著者らは2002年のボストンマラソンで調査に協力してくれる人を募り、検討を行いました。

766人の協力者を得、最終的には488人について、ゴールでデータが得られました。レース前には身体測定やマラソン経験、普段の練習ペースなどについてのアンケート調査を行っています。レース後に体重測定、採血、採尿を行い、レース中の給水についてのアンケート調査などを行っています。
調査を行った人たちの13%の人に低ナトリウム血症(血清ナトリウム値135mmol/l以下)を認め、0.6%の人には重度の低ナトリウム血症(血清ナトリウム値120mmol/l以下)を認めました。
多変量解析という統計処理を行った結果、低ナトリウム血症の発症は、レース前後で体重の増えた人(オッズ比4.2)、レースタイムが4時間以上だった人(3.5時間以下の人に比べてオッズ比7.4)、BMIが低い人(やせている人、BMI 20以下の人は25以上の人に対してオッズ比2.5)に多い傾向が認められました。
以前から言われていた、女性に多い傾向や、非ステロイド消炎鎮痛剤を使用している人に多い傾向や、給水の組成などとは相関は認められませんでした。

レース後に体重の増えた人に多かったということは、レース中の水分のとり方が重要なポイントだと思います。
今回の調査では、給水の頻度について、1マイル(1.6km)ごと、2マイルごと、3マイルごとあるいはそれ以下に分けて、また、給水量についても検討しています。多変量解析では、差ははっきり出ていませんが、単変量解析では、3リットル以上の給水をした人に多かった(低ナトリウム血症になった人62人中42人、ならなかった人426人中26人)という傾向が認められています。
レースタイムについては3時間30分以下、3時間30分〜4時間、4時間以上の3群に分けていますが、3時間30分以下の人たちに比べ、低ナトリウム血症の発生のオッズ比はそれぞれ3.6、7.4となっています。
レース前のBMIが低い、つまりやせている人に多いという結果でしたが、BMI 20以下、20〜25 、25以上の分け、20〜25の人たちに対して25以上の人たちのオッズ比は1.0、20以下の人たちでは2.5となりました。ちなみにBMI 20というのは身長170 cmの人では体重57.8 kg、BMI 25は体重72.3 kgに相当します。

今回のデータでは、フルマラソンでは低ナトリウム血症の発症率は予想以上に高く、論文の著者らの試算によれば、参加者を15000人とすると、そのうち1900人に低ナトリウム血症が発生し、うち90人は重症の低ナトリウム血症であるということになるそうです。

対策は?

この論文の論説(New England Journal of Medicine 2005,352, 1516-1518)では、スポーツ界の指針について紹介していてます。USA Track and Fieldは、口渇を目安に水分補給を行うことを推奨しています。以前は、”渇く前に補給を”だったものを”発汗で失った分を補う”、に転換したということです。また、IOCのMedical Commissionは、スポーツ参加中の給水の目安として、給水は、体重が増えない程度までに制限することを勧めているそうです。これは2004年のアテネオリンピックの開催中に発表されたそうです。

前述の論文の著者らは、予防法として、トレーニング前後の体重測定を行い、有効な給水法を知ることを挙げています。つまり、トレーニングの時も給水を行い、前後の体重を測り、このくらいの渇き方なら、水分の摂りすぎになるとか、足りないとかがわかるように体で覚え、適切な給水量を体で感じられるようにする、ということになるでしょうか。

ボストンマラソンには、参加資格があり、ある程度のタイムで走れないと参加できません。フルマラソンを4時間以内で走るには相当の練習が必要だと思います。従って、今回の研究の対象者は、アマチュアとはいっても、かなり練習している人たちということになるかと思います。また、ボストンマラソンは毎年4月に開催され、スタートは昼前。天候は寒く、雨天のことも多い時期といわれています。ですから、水分を失う要因としては、暑さよりも、発汗や運動量によるところが大きいだろうと思います。暑さも加わればより注意が必要になります。また、タイムを競わずゆっくり完走を目指すような市民ランナーの場合も、走っている時間が長くなりますから、同様の注意は必要でしょう。

私自身はまだフルマラソンの経験はありませんが、完走の喜びは誰もが経験したいものだと思います。完走の喜びを味わったり、また、今まで以上のタイムを出すためには、走るだけでなく、自分の身体をいろいろな面から知ることが大切ですね。

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