香港におけるSARSの疫学調査結果

中国で猛威をふるっている新型肺炎SARSについて、香港での疫学調査が発表されました。

これまで中国政府の発表などが毎日報道されていますが、今回発表されたものは、香港でのSARSで入院した症例についてまとめた医学的疫学調査の結果です。

2003年4月28日までに香港の医療機関に入院した1425例について、潜伏期間、発症から入院までの期間、症状、死亡率、生還例の退院までの期間などについてまとめたものです(The Lancet published online May 7, 2003)。

1425例の検討の結果、潜伏期間の平均は6.4日、発症から入院までの期間は3〜5日となっています。

症状は、発熱が94%に認められ、インフルエンザ様の症状、寒気、不快感、食欲低下、筋肉痛などが半数以上の患者さんに認められたとなっています。

そして、122人が亡くなったのですが、死亡率は、60歳未満の症例では6.8%、60歳以上 の症例では55%となっていました。生還例の平均入院期間は23.5日でした。

この論文の著者らは患者の年齢が予後にもっとも影響したことを強調しています。

この発表のあった時点で、中国におけるSARSの死亡率は7%を越えた、と報道されていましたから、実際にはもっと死亡率の高い恐ろしい病気だということがわかります。

SARSは5月5日の時点で28カ国で発生が報告され、アジアを中心に感染者数は増加傾向を続けています。4月28日の時点で、香港での患者数の増加は一日あたり20例以下まで減少していますが、香港では、対策として次のようなことを行ってきました:

これらを行い、香港におけるSARS発生の増加傾向は緩くなったというわけです。

今回の検討対象となったのは入院症例に限られているので、全体の感染者では死亡率は低くなる可能性はあるとは述べられていますが、死亡率の高い病気であることは変わりはありません。また、入院までの期間と予後には関連性はなかったものの、感染を広げないために大切なことは発病から入院までの期間を短くすることであると述べられています。

その香港での流行について、推定される感染ルートが発表されました。広東省からSARSに感染して香港のホテルに滞在した医学部の教授の部屋から、その部屋に残された排泄物を掃除した従業員がホテル内に感染を広め、そのホテルで感染して入院した男性が院内感染のきっかけになった。その病院で感染した透析患者がアモイガーデンでの流行のきっかけとなった、と報じられています(5月11日、読売新聞朝刊)。感染者については早めの入院と対応が重要ということは確かなようです。

SARS制圧を宣言したベトナムでは、感染者の入院とその家族らの徹底した追跡調査(発熱などのがないか、あればすぐに入院)、院内感染対策(院内の空調を使わず、窓を開けるなど)が功を奏したといわれています。

果たして日本で患者が発生したとき適切な対応で感染の拡大を阻止できるのでしょうか。そして患者さんと家族のサポートは大丈夫なのでしょうか。収容できる病室が少ないなど行政の対応が取りざたされていますが、大切なのは感染の可能性のある人たち自身の自覚(症状があれば自らすぐに医療機関や保健所に連絡するなど)と、それをサポートする体制のように思います。

私の知人のSさんは北京で働いています。 Sさんは楽しみにしていた5月の一時帰国を取りやめました。この時期に北京に残るというのは大変勇気のいることだったに違いありません。帰国を待っていたご家族の気持ちを推し量るとやるせない気持ちになります。その理由は、家族や日本国内への感染を防ぐためではありません。実際にはご本人は感染していないのですから、何より、周囲の偏見に落胆し、また日本政府や家族の職場の対応に失望してのことでした。感染者が出た場合、患者さんはもとより、家族や同居者についても、検査や追跡調査、場合によっては”隔離”も必要となると思います。その人たちが”隔離”されるとしたら、それはまだ感染していない私たちを守るためなのですから、その人たちに対して十分なケアと援助が必要でしょう。行政がどこまで対応してくれるのか、残念ながらまだ十分な情報はありません。そして、それはまた、私たちの心が試されるときでもあるのかもしれません。

2003年5月12日

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