全身性エリテマトーデス発症前の自己抗体産生

膠原病の診断には様々な自己抗体の検査が行われます。特に、全身性エリテマトーデスでは多くの自己抗体が陽性となり、診断の助けとなります。しかし、逆に、そのような抗体が陽性だったからといって必ず膠原病である、あるいは膠原病になる、というわけではありません。全身性エリテマトーデスの患者さんが、発病前から抗体を持っているのかどうかということはまだよくわかっていません。今回発表された論文(New England Journal of Medicine 2003年10月16日号vol 349, p1526-1533)は、全身性エリテマトーデスを発病した人を含め、多くの人の血清サンプルを経時的に調べ、発病前の抗体の有無について検討し、自己抗体陽性の意義について検討したものです。

まず、自己抗体というものについて解説します。

自己抗体にはいろいろなものがあります。各自己抗体が陽性の場合の意義と、いわゆる自己抗体といわれるものの相互関係について下の表と図に示します。

<表>代表的自己抗体と臨床的意義(New England Journal of Medicine 349; 16,1499-1500を改変)

自己抗体 臨床的意義
抗核抗体 全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群、強皮症、多発性筋炎など多くの膠原病で認められ、以下の特異抗核抗体のスクリーニングとしても重要
抗2本鎖DNA抗体 全身性エリテマトーデスに特異的で、特に疾患活動期やループス腎炎で高値となる
抗RNP抗体 全身性エリテマトーデスや混合性結合織病で認められる抗体。筋炎、食道運動低下、レイノー現象、手指硬化、間質性肺炎などの症状と関連が認められることがある
抗Sm抗体 全身性エリテマトーデスに特異的
抗SS-A抗体 全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群、新生児ループス、日光過敏症、亜急性皮膚ループスと関連
抗SS-B抗体 シェーグレン症候群に特異的、全身性エリテマトーデスでこの抗体が陽性の場合、腎炎のリスクは低くなる
抗リン脂質抗体 血栓症、習慣性流産などと関連

<図>自己抗体、抗核抗体などの相互関係

上図の説明:抗核抗体は自己抗体のひとつであり、抗核抗体の中に特異抗核抗体が含まれる。特異自己抗体には抗SS‐A抗体、抗SS-B抗体、抗RNP抗体、抗Sm抗体、抗2本鎖DNA抗体などが含まれる。患者さんによってはこれらを複数持っている人もいる。各抗体の関係では、抗SS-B抗体陽性の場合は必ず抗SS-A抗体陽性、抗Sm抗体陽性の場合は抗RNP抗体陽性、といった関係がある。特異抗核抗体ではない抗核抗体もあり、その多くは病的意味はあまりない。抗核抗体以外の自己抗体の代表がリウマトイド因子、抗リン脂質抗体など。ほかに、甲状腺抗体、好中球細胞質抗体、抗アセチルコリンレセプター抗体、クームス抗体(抗赤血球抗体)、抗血小板抗体などが含まれる。

ヒトの体は、ウイルスや細菌などの病原体が体に入るとそれに対して抗体を作ります。ひとたび抗体が作られると、次に同じ病原体が入ったときには、抗体が速やかにその病原体を体から排除し、体を守ってくれます。それが正常な免疫の反応です。ところが、そのような病原体だけでなく、細胞の成分など、体に害を及ぼすわけではない物質に対しても抗体が作られてしまう場合があります。それらを自己抗体というわけですが、たとえば抗核抗体は、細胞の核に対する抗体です。そのなかでも、細胞の核の中のどの成分に対する抗体かによって、抗DNA抗体、抗SS-A抗体、抗SS-B抗体、抗RNP抗体、抗Sm抗体などに分けられます。これらが重要な理由は、上の表に示したように、特定の疾患や特徴的な症状と密接な関係があるからで、「特異抗核抗体」ともいわれます。一方で、”抗核抗体陽性”といってもあまり病的な意味のない場合が多いことも事実です。ですから、抗核抗体が陽性だった場合には、症状や抗核抗体の数値の高さに応じて、さらに上述のような特異抗核抗体を調べ、診断の助けとしています。しかし、抗体が本当に病的意味がないかどうかを知るためには、抗体陽性の人を何年かフォローして発病するかどうか、発病するとしたらどのような場合か(たとえば、抗体がどのくらい高いと、あるいはどんな抗体がでていると発病する率が高いのか、といったようなこと)がわからないと、病的意味がないとは言い切れないわけです。これまでにもいくつかの報告があります。たとえば、リウマトイド因子が陽性の129例をフォローした研究では、10年間で9例が、リウマチを発症しています。決して多くはないのですが、一般的な発症頻度と比較すると(リウマトイド因子陰性の人の場合と比較すると)発症率は40倍高いといわれています(J Rheumatol1992, 19, 1377-1379)。このように、抗体陽性の場合についても同様と考えれば、注意してフォローすることが必要といえるかもしれません。

さて、前置きが長くなりましたが、今回の論文の内容です。

アメリカでは国防省血清保存所(The Department of Defense Serum Repository)で、3000万の血清が保存されています。同じ人の採血時期の異なる血清も含まれており、500万人分の血清が保存されているそうです。その中で全身性エリテマトーデスと診断されている人のうち、発症前の血清も保存されている130人について検討しました。

調べた抗体は、抗核抗体、抗2本鎖DNA抗体、抗SS-A抗体、抗SS-B抗体、抗Sm抗体、抗RNP抗体、抗リン脂質抗体です。いずれも全身性エリテマトーデスの患者さんの血清に検出されることが多い抗体です。

130人中115人(88%)に、発症前からそれらの抗体のいくつかが検出されました。平均3.3年、最高で9.4年前には検出されていました。内訳は、抗核抗体(120倍以上)78%、抗二本鎖DNA抗体55%、抗SS-A抗体47%、抗SS-B抗体34%、抗Sm抗体32%、抗RNP抗体26%、抗リン脂質抗体18%でした。

抗体の出現時期にも特徴があり、抗核抗体、抗SS-A抗体、抗SS-B抗体、抗リン脂質抗体は発症の数年前から陽性になっていることが多く、抗Sm抗体、抗RNP抗体が陽性になるのは、発症の数ヶ月前で、抗2本鎖DNA抗体はその中間、という傾向がありました。

一方、全身性エリテマトーデスを発症していない人たちの血清も調べたところ、3.8%の人で一つ以上抗体が陽性でした(抗二本鎖DNA抗体3%、抗SS-A抗体3%、抗RNP抗体2%、抗リン脂質抗体2%)。抗核抗体は9.2%の人たちに検出されましたが、120倍以上の高値のものはありませんでした。

この論文から、全身性エリテマトーデスの発症前から、多くの患者さんで抗体が陽性であること、また、抗体の種類によってその出現時期が異なることがわかりました。論文の著者らは、発症までに何段階かあり、各段階で内的、あるいは外的要因が関与している可能性があることを指摘しています。病気の原因を考える上では興味ある知見といえますが、この論文の論説(New England Journal of Medicine 349; 16,1499-1500)でも述べられているように、抗体が陽性だったからといって、発症を正確に予測することは不可能 ですし、仮に発症前にわかったとしても予防策があるわけではない、というのも事実です。

やはり、抗核抗体が120倍以下(日本の測定法では160倍以下と考えてよいと思います)の場合は陽性であってもあまり心配する必要はなく、特異抗核抗体が陽性の場合も、何事もなく経過する場合もあり、症状の変化に注意しながらフォローすることが必要、と考えるのが妥当なようです。

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