トリインフルエンザウイルスのヒトからヒトへの感染の可能性

2004年には日本でも、高病原性トリインフルエンザの発生が大きな社会問題となりました。当初は、基本的には「ニワトリの病気」として楽観視(養鶏業者の方には失礼かもしれませんが、感染症としては、という意味で)する見方が大半でしたが、濃厚な接触ではトリからヒトへの感染もあり得ること、また、さらに発症すれば死亡率の高い重症な肺炎を起こすことなどがわかってきました。また、当時日本のトリインフルエンザの発生現場に関わった人たちの間に感染者がいた(発症はしなかったが、抗体が陽性となった)こともわかりました。専門家の間では新型インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)を懸念する声が上がっています。

インフルエンザウイルスはトリに感染するタイプ、ヒトに感染するタイプがあります。また、病原性の高さは、ウイルスが気道(のどや気管、気管支)だけで増殖するか、全身のあらゆる臓器で増殖するかといったことが関係すると考えられています。基本的に、トリに感染するタイプはヒトには感染しませんが、ウイルスの変異が起こると、今までヒトが感染したことのない、つまりそのウイルスに対する抗体持っている人がいない、しかも、高病原性の新型インフルエンザウイルスが発生する可能性があります。そうなると、1918年に世界人口の1/3が感染し、2.5〜5%の死亡率となった、”スペイン風邪”と同様のパンデミックが起こる可能性がある、というわけです。

今回、トリインフルエンザウイルスの、ヒトからヒトへの感染の可能性を示唆する論文(New England Journal of Medicine, 2005年1月27日号, vol 352,p 333- 340)が発表されました。2004年、タイにおけるトリインフルエンザ発生の際、残念ながらトリと濃厚な接触のあった32人が感染し、重篤な肺炎を併発し亡くなったとされています。当初はヒトからヒトへの感染はないと考えられていましたが、その後の調査でヒトからヒトへの感染の可能性が考えられるケースがあり、報告されたのです。

感染経路を検討するため、感染者の接触歴について詳細に述べられています。

まず11歳の少女が重症な肺炎にかかりました。この少女はトリインフルエンザで死んだ鶏の世話を日常しており、トリインフルエンザウイルスのトリからヒトへの感染例と考えられています。この子が発熱したのが、2004年9月2日、肺炎と診断されたのが9月7日、そして、翌9月8日には亡くなっています。

この少女は母親とは離れ、叔母の家で鶏の世話をしていたということだそうです。娘の病状を聞いた26歳の母親は、娘の入院する病院に向かいます。9月7日から8日まで、16〜18時間にわたり、娘に付き添い看病をしました。看病の甲斐なく、娘さんが亡くなったあと、この母親も9月11日に発熱し、9月17日に肺炎と診断され、9月20日に亡くなっています。この母親の肺の組織からトリインフルエンザウイルスが検出されたそうです。この母親は、娘のところに駆けつけるまで、トリとの接触は全くなかった、ということです。

また、叔母も、この少女の看病を9月7日に12〜13時間していますが、9月16日に発熱、9月17日に肺炎を併発していますが、9月23日に入院し、抗ウイルス薬などの投与により軽快し、10月7日には退院できています。咽頭からトリインフルエンザウイルスが検出されています。この叔母については、トリインフルエンザで死んだニワトリの埋葬を8月30日にしていますが、そのときの感染にしては潜伏期間(2〜10日と考えられています)が合わないことになり、やはり、その少女からの感染が疑われています。

重症な肺炎で入院中の我が子の看病をしていたのですから、濃厚な接触があったことは間違いないでしょう。しかし、「ヒトからヒトへの感染」という点で、大変意味の深いケースと考えられます。

余談ですが、当院では、今シーズン(2004〜2005年)のインフルエンザの流行パターンはB型が多く、しかもワクチンの接種を受けた人たちも発症している傾向があります。他の医療機関でも傾向は同じようです。今シーズンのB型インフルエンザについてはワクチンの型と流行したウイルスの型が少し違ったようです。それだけで、このような流行になるのですから、今まで人類が経験したことのない新型のウイルスが発生したら大変な流行になるであろうことは想像に難くありません。

しかし、悲観的なことばかりではありません。1918年のパンデミックの際は、有効な抗生物質もなく、二次感染の肺炎で亡くなった人が多かったそうですが、今は多くの抗生物質があります。また、前述の論文にも記載されていますが、今は、オセルタミビルのようなインフルエンザウイルスに対する特効薬も普及しています。我が国でも、新型インフルエンザウイルスの発生に備え、オセルタミビルの備蓄も始まっているそうです。これらを有効に活用し、たとえ新型インフルエンザウイルスが発生しても、きっと対抗できるものと期待しています。

<参考文献>

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