世界の首脳たちの冠動脈疾患

(冠動脈疾患:心臓を養う血液は冠動脈という血管により運ばれます。その冠動脈の流れが悪くなったり、つまったりすると狭心症や心筋梗塞を起こします。そのような疾患を総称して冠動脈疾患と呼びます)

アメリカの内科学雑誌にこんなタイトルの記事を見つけました(Annals of Internal Medicine 2001; 134: 287- 290)。世界の首脳たちに冠動脈疾患の発症や死亡がどのくらい多く、また、執務への影響はどうだったかを調べたものです。1970年から1999年までの30年間、人口25万人以上の国の政策決定者を対象に調査を行っています。狭心症、心筋梗塞、冠動脈疾患に伴う不整脈などについての報告、心臓への処置、外国での治療、死亡、執務への影響を検討しています。

64人が国の政策決定最高機関在職中に冠動脈疾患を発症しています。10年ごとに分けると、1970年代に27人、1980年代に19人、1990年代に18人がそれぞれ冠動脈疾患を発病しています。すべて男性で、年齢は40〜88歳である点は各年代で違いはありません。これらの冠動脈疾患による死亡率は70年代では27人中14人、80年代では19例中6例、90年代では18例中1例もありませんでした。また、執務に復帰できた例は70年代は27例中11例、80年代は19例中13例、90年代は18例全例でした。さらに、10年以上生存した例は、70年代は27例中4例、80年代は19例中10例、90年代は18例中17例でした。カテーテル治療やバイパス手術などの治療を受けた例と外国で治療を受けた例は、70年代はともに0例、80年代はそれぞれ19例中12例、7例、90年代は18例中14例、8例でした。

つまり、最近の20年間に、冠動脈疾患による死亡は減り、執務への復帰や生存率も改善していることがわかります。その理由について、この論文の著者らは、糖尿病、高血圧、高コレステロール血症などの危険因子に対する管理(一次予防)がよくなっているために発症が減り、カテーテル治療など(二次予防)の進歩が死亡例を減らしていると考えられると述べています。また、発症後は厳重な医療体制による管理と新しい薬の使用などにより再発を抑えているということも考えられるということです。発症率は、VIPだから特別ということはなく、アメリカの一般国民での発生率(Framingham Heart Study)と変わりはないということで、一般国民の一次予防のレベルも高くなっていることも指摘しています。このように一次予防、二次予防の充実、カテーテル治療などの積極的な治療が、首脳たちの生命的予後を改善しただけでなく、国政への影響も最短ですむようになったというわけです。

政策決定をになうようなストレスの多い職務でも、一次予防をしっかり行うことにより発症率は低下し、仮に発症してもその後の治療とリハビリの充実により、そのようなストレスの多い職務に復帰することも可能になってきたということが言えるのです。

同じ雑誌の論説の中で、この論文について、Johnson元大統領の主治医だったHurst博士が論評しています(Annals of Internal Medicine 2001; 134: 338- 339)。Eisenhower大統領と当時の上院議員のJohnson議員の1955年の心臓発作後の執務復帰を積極的に進め、それ以降、冠動脈疾患発症後のリハビリを積極的に進めるきっかけとなったというエピソードを紹介しています。また、それまでは大統領の病気について、マスコミへ報道も規制されていましたが、以後そのような規制はなく、大統領秘書官の許可の元とはいえ、主治医がマスコミに発表できるようになったといったことや、病気を理由に政敵から攻撃されることもなかったことも述べています。

その後Johnson議員は、副大統領時代に腎結石、大統領になってから胆嚢の手術を受けています。いずれも詳細はマスコミに報道され、腹部の手術のあとを記者やカメラマンたちに公開したそうです。

プライバシーの重視されるアメリカですが、“大統領だって病気はする、しかし、しっかりした管理と治療によって再び職務をまっとうできる”ということを身をもって示したという点で、多くの人々に勇気を与えてくれたといえるでしょう。

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