インフルエンザワクチンについて、その有効性について教えて下さい。

インフルエンザは毎年冬になると流行する感染症です。突然の高熱ではじまり、咳、鼻水などの症状をきたし、さらには肺炎、脳炎を併発し命に関わる場合もあります。予防にはワクチンが有効と考えられています。

しかし、インフルエンザワクチンは他のワクチンと異なり、発病を100%予防できるわけではないので、有効性について誤解が生じやすいかもしれません。現在考えられているワクチンの有効性と問題点について解説しましょう。

ワクチンの有効性

ワクチンの効果は、「有効率」として表されます。まず、発病予防については、65歳未満の健常者では発病を防ぐ有効率は70〜90%といわれています(米国疾病管理センター1997年発表データ)。この「有効率」とは、予防接種を受けた人の70〜90%はインフルエンザにかからなくてすむ、という意味ではなく、「予防接種を受けずに発病した人の70〜90%は受けていれば発病が避けられた」という意味です。ですから、学校で500人の生徒が予防接種を受け、50人の生徒が受けなかった場合、流行の年によって状況は変わりますが、受けた生徒のうち30人(6%)が発病し、受けなかった生徒の10人(20%)が発病したというようなことが起こり得ます。そうすると発病した40人のうち30人は予防接種を受けていて発病したことになります。こうなると、予防接種の有効性に疑問を持つ人がいても不思議ではありません。このような数字の誤解も集団接種が行われなくなった一因といわれており(参考文献1)、その点は注意が必要です。

重症化の予防効果

次に、重症化を防ぐ効果も指摘されています。特に高齢者では肺炎の併発が重要ですが、ワクチンにより、高齢者の肺炎併発による入院を抑制する有効率は50%、肺炎などの合併症による死亡を抑える有効率は80%といわれています(米国疾病管理センター1997年発表データ)といわれています。後者については厚生省のデータもあり、ほぼ同様の82%とされています。
また、1999年1月から3月のインフルエンザシーズンに厚生省が全国集計した、インフルエンザの臨床経過中に認められた脳炎・脳症の症例は、0歳から60歳までで217例ありました。このうちインフルエンザワクチンを受けていた人は一人もいなかったというデータもあります。

ウイルスの型が違った場合

また、インフルエンザウイルスは変異を起こすため、毎年ウイルスの型を予測し、ワクチンを製造します。予測と異なる型のウイルスが流行した場合、有効性は落ちる可能性がありますが、それでも、交差免疫によって、ワクチンの型が合致しなかった年でも60~80%の有効性が認められています。
このようにインフルエンザワクチンは発病、重症化の予防に有効です。

集団に対する効果

また、学童に集団接種しておくことによりインフルエンザの流行を防ぐことができるということから集団接種が平成6年まで行われていました。のこれについては、その効果に疑いがもたれ、集団接種は中止されたいきさつがありますが、集団接種の行われなくなってからの数年間を振り返って行った検討では、やはり高齢者の超過死亡(インフルエンザによる死亡と考えられる)を減らす要因となっていた可能性が指摘されています。(以前このホームページでも紹介させていただきました、こちらをどうぞ)

予防接種を受けるべき人

現在、米国予防接種諮問委員会(US-ACIP)における勧告では、インフルエンザ予防接種は、下記に述べるハイリスクの方はもちろん、ハイリスク者に対する感染源となりうる人たちが対象者となる、と考えられています。

ハイリスク者とは、

  1. 50歳以上の者
  2. 老人施設入所者、慢性疾患療養施設に入所する全年齢の者
  3. 呼吸器系、循環器系の慢性疾患(喘息を含む)を有する成人及び小児
  4. 糖尿病などの慢性代謝性疾患、腎機能異常、免疫低下状態などにより過去1年間に定期の追加検査や入院を要した成人及び小児
  5. 長期のアスピリン投与を受けている6ヶ月から18歳の者
  6. 妊娠14週から分娩までにインフルエンザシーズンを迎える妊婦

と考えれれています。

ハイリスク者への感染源となりうる者としては

  1. 医療従事者
  2. 老人施設などで勤務するもののうち入所者と接触する機会を有する者
  3. ハイリスク者の生活支援施設などに勤務すす者
  4. ハイリスク者の在宅介護に関わる者
  5. ハイリスク者の家族

ということになります。

注意点

一方、ワクチンの問題点もあります。ワクチンには防腐剤として有機水銀であるチメロサールが含まれています。ワクチンに混入したブドウ球菌感染によって多数の死者が発生した事故を受けて、1930年代から添加されるようになったものです。しかし、近年アメリカでは種々のワクチンに含まれるチメロサールの脳神経への影響の可能性が指摘され、因果関係は証明されてはいないものの、チメロサールを含まないワクチンの使用を進めています。アメリカではEPA(Environmental Protection Agency: 環境保護庁)の有機水銀勧告基準は0.7μg/kg体重/週とされています。これは、一生の間、人の集団が毎日暴露を受けても有害な影響がないと思われる推定用量です。たとえば、体重30kgでは年間145.6μgまでが有害な影響がないと思われる推定用量ということになります。現在ではチメロサールの含有量を0.008mg/mlに減らしたインフルエンザワクチンが使われています。この場合、乳幼児(1回0.3mlを2回)では1シーズンに使用されるチメロサールは4.8μg、そのうちの水銀量は約2.4μgですので危険性はかなり少ないと考えられます。今後はさらに安全なチメロサール無添加のものに移行していく予定となっているようです。
また、かつてワクチンに含まれていたゼラチンはアレルギーの原因の一つと考えられていますが、現在はすべてのインフルエンザワクチンから除かれています。インフルエンザワクチンは製造過程で鶏卵を使用するため、卵アレルギーのある方はまず主治医に相談してください。
ワクチンの副反応として、接種後に微熱、関節痛、局所の発赤、疼痛などが起こることが11%位の頻度で起こります。いずれも2-3日で回復することが多く、経過観察で問題のない場合が多いのですが、その場合は必ず接種した医師に報告して適切な処置を受けてください。

近年、インフルエンザの迅速診断が可能となり、有効な抗ウイルス薬も使われるようになりました。しかし、予防にまさるものはないでしょう。家族構成(お年寄り、乳幼児と同居、母親が妊娠中など)、本人の健康状態、また、受験を控えているなどの状況も考慮し、接種を検討して頂きたいと思います。

<参考文献>

  1. 加地正郎編、インフルエンザワクチン接種の実際とコツ、南山堂
  2. 米国疾病管理センターのホームページ、Influenza Vaccine Information 2001-2002
  3. 厚生労働省のホームページ、インフルエンザQ&A
  4. 感染症情報センターのホームページ
  5. 横浜衛生研究所のホームページ(チメロサールとワクチンについて詳しく書かれています)

(このページの内容は、学校保健フォーラム(健学社)、2002年12月号に掲載された私の原稿に加筆したものです)

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